Firefox 3 がダウンロードされる様子をウェブサイト上の灯として可視化するツール「Firefox 3 の灯」。Firefox 3 の「Download Day」と連動した日本独自の取り組みで、現在、Mozilla Japan サイトのトップページからリンクする形で公開されている。さらに Firefox 3 リリースパーティー会場ではタッチディスプレイを使ったインスタレーション版「灯の音 <feat. Firefox 3>」も公開され、来場者の熱い注目を集めた。
この「灯プロジェクト × Firefox 3」を制作したのが、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス (SFC) 環境情報学部にある筧研究室のメンバーである。筧研究室の代表である筧康明さんが Mozilla Japan と交流があった際に、ブラウザの新しい可能性についてアイデアを提案したことから生まれた。
数年前からウェブデザインに留まらずブラウザデザインの自由度が上がっていて、最近ではその実験としてアクセスした情報に合わせてブラウザのスキンが変化するツール (siteskin) を開発しています。この取り組みの延長線上として、もっとブラウザの枠組み全体を変えるような何かをしたいと考えていました」
筧さんはユーザーインターフェイスやインタラクション技術を核に、実世界指向インタフェースやエンタテインメントコンピューティング、Web インタラクションなどについて多岐にわたる研究を行なっている。それらの研究成果は工学的な発表に留まらずメディアアート作品としても発表され、国内外で数多くの賞を受賞している。
「Firefox を素材に何か作品ができないかと考えていた時に、ダウンロードに合わせて光が灯り音が生成される空間を作るという、頭の中に絵として浮かんでいたものをお話をしたところ、Firefox 3 リリースと連動する作品として『灯の音 <feat. Firefox>』を制作させてもらうことになりました。作るからには今までとは全く別なものにしたかったので、いろいろなチャレンジをさせてもらいました」
灯の音はウェブアクセスを実世界にひきもどす試み
6 月 26 日に品川で開催された Firefox 3 リリースパーティー会場で「灯の音 <feat. Firefox>」は、来場者が操作できるインタラクティブなメディアアート作品として紹介。二つのタッチディスプレイを使って、壁に大きく投影された青い Firefox のロゴの上にある日本地図を自在に動かしたり、フリーハンドで描いた線と灯を交叉させて音を奏でる仕掛けで来場者を魅了した。ダウンロードの状況は日本地図上に可視化され、リアルタイムと過去に遡って見られる二つのモードに切り替えて見ることができるようになっており、「Download Day」の瞬間に大量の光と音で埋め尽くされる様子を紹介するデモで、会場は大いに盛り上がった。
筧さんによると、今回の作品制作で意識したのは、ダウンロードというなんとなく行なっている行為を可視化すると同時に、リアリティのある体験に置き換えることだった。たとえば会場の演出で取り入れた不思議な音色にしても、「ただきれいな BGM にするのではなく、あえてノイズなども入れ込みながら光と音に引込むことを狙って」いる。さらに音量やエコーのバランスなどといったエフェクトのパラメータを自在に操作できるようにすることで、ネット上の事象をリアリティのあるものとして感じられる工夫をしている。
「僕自身は“灯の音”をウェブアクセスを実世界にひきもどす試みと捉えています。データを得ようとする行為が光と音で表現されることで、自分の体験として返ってくる。そこからブラウザやウェブの概念を変えるようなものが新たに生まれてくるかもしれない、という期待もしています」
プログラミングの観点からコラボレートする
ウェブをどう変えていくか、ブラウザの概念や枠をどうとっぱらうか。今までにない新しい考えを形にする「灯の音 <feat. Firefox>」のようなメディアアート作品に欠かせないのが、制作に協力してくれる仲間たちの存在である。今回の制作は、プログラミングをあかつかだいすけさん、音楽やその他の部分を東京大学の研究員である橋田朋子さん、SFC の学生である平山詩芳さんが担当する共同作品となっている。
中でもあかつかさんは今年 4 月の筧研究室の発足に伴い、研究室メンバーとして招聘されたスタッフで、本プロジェクトの考案から開発までを担当。筧研究室のその他の作品制作にも大きく関わっている。筧さんにとってあかつかさんは「影響されることの多い人物」であり、5 年前につきあいが始まってからは「お互いにアイデアを出し合いながら作品をコラボレーションする関係」にある。
あかつかさん自身は Mozilla コミュニティでは、「わくらわ」などのアドオンツール開発者として、またミニマムなソフトウェアを追求したユニークなサイトを運営していることで知られている。筧さんと出会う前からアプリケーションや、インタラクション技術を開発する仕事に携わっているが「プログラムの技術はほとんど独学で、興味がある言語やツールがあれば何でも使うタイプ」と言う。
「メディアアート作品をプログラミングする方法はいろいろあると思いますが、自分は“こういうプログラムで”と具体的に指示されるよりは、アイデアをヒアリングした時点で一旦形にして見せて、そこから修正を重ねるという方法をとっています。筧さんともたくさん話し合いをしながら作品を作っていくことが多いですね (あかつか)」
「灯の音 <feat. Firefox>」の制作では、地図の動きやダウンロードのデータの取り込みなどを別々の端末を使って処理しているので、それらを一つの作品として連携させるところが難しかったそうだ。そんな苦労を重ねながらも筧さんとのコラボレーションから生まれる作品は、メディアアートというジャンルを超えた新しいコミュニケーションを生み出す可能性を感じさせてくれる。
リアルな体験がウェブの世界を変えるきっかけになる
筧研究室では現在、CG の国際イベントであるシーグラフ (SIGGRAPH) とメディアアートの国際イベントであるアルス・エレクトロニカ (Ars Electronica) に出展する作品を制作している。その一つは、シリコンで作ったタイルをディスプレイの上に自由に置いて操作できるという作品で、「灯の音 <feat. Firefox>」と同様、より身体に訴えかける作品となっている。
今後はアーティストとしての活動に力を入れていくのかと思いきや、あくまでも作品は研究成果の一つと筧さんは語る。
「僕の作品はデータグローブや HMD といった時代毎の先端のデバイスを使って何かするというより、道具そのものを考えるところから始めているので、アプローチもメディアアートのアーティストの方達と異なっていると思います。最終的にはデジタルなものでなくてもよくて、たとえば学生たちにも“コンピュータを使わなくても良いものができるなら使わなくていい”と言ってるぐらいです」
情報工学の流行とはあえて違った視点を持つことを意識しており、たとえばオンラインショッピングのサービスとして、ウェブに標示された香水の商品写真に合わせて香りがわかるという技術があるのだが、それらとは逆に、ディスプレイに香水をかけると香りに合わせた色が表示されることで、よりイメージを高めてもらうといった作品づくりを行なっている。
もちろんそうした作品にはプログラミング技術は不可欠だが、今ある技術を使ってなんとかするというよりも、新しい可能性を模索すべく試行錯誤を重ねながら制作に取り組んでいるそうだ。
そうした活動を続ける筧研究室にとって、Firefox という素材はかえって新鮮に感じるものがあったようだ。
「僕自身のサイトに灯のようなツールを置いてもほとんど変化がないと思うのですが、Firefox はアクセスされる規模や空間、時間での変動率が大きいので、素材としてもとても刺激があっておもしろかった。今回は日本を意識した作品でしたが、背景を世界に置き換えることも可能ですし、個人が使えるツールにもできるので、新しい展開も考えてみたいですね (筧)」
ウェブのあり方を考える人達にとって、筧研究室の活動はこれからも刺激を与えるものになっていきそうだ。








